福岡堰  茨城百景・茨城観光百選・茨城の湧水 イバラキノート

福岡堰

 

福岡堰

 

(研究学園都市と民俗文化ライン)No4
福岡堰(ふくおかぜき)

 

福岡堰は谷和原村の先北端にあり元和年間関東群代伊奈半十郎忠治の支配する鬼怒・小貝川の文流域にあたる谷原領三萬石が干拓され、その用水路として寛永2年(1,625)小貝川を萱洗堰で堰止め、1・6Kmを導水し、台通、川通の両元いりから地区内へ灌漑用水したのが始まりで、山田沼堰ともいわれ、享保7年(1,722)福岡地内に改設して福岡堰となった。小貝川締切工事は毎年春の彼岸に竣功し、用水のすんだ秋の彼岸に切流した。
のち、明治19年木造堰枠に改築され10年毎に伏替していた。大正12年に工費15万円で鉄筋コンクリート造りに改築しその恩恵をうけていたが、小貝川の流量増大と本体の老朽化のため、昭和46年工費10億円余で竣工したのが現在の福岡堰である。
つくばみらい市

案内板より

 

 

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