県指定史跡 瓜連城跡 茨城百景・茨城観光百選・茨城の湧水 イバラキノート

県指定史跡 瓜連城跡

県指定史跡 瓜連城跡

 

建武3年(1336年)1月に楠木正家が瓜連城に入城し、戦果をあげるも、同年12月に佐竹義篤により落城。南朝方は、小田城・関城など県南部へと後退する。

 

瓜連城跡は、土塁が続き木々が茂っていた。

県指定史跡 瓜連城跡

 

指定年月日 昭和9年12月18日
所 在 地  那珂市瓜連入門前1221−1222
管 理 者  常福寺

 

延元元年(1336年)正月、南北朝争乱のさなかに、南朝の忠臣楠木正成の
一族楠木正家がこの地によって約1年間、北朝方の佐竹氏と戦った。正家は同年12月、佐竹勢に包囲され、那賀城主 那珂五郎通辰の援軍のもとに応戦したが、佐竹義篤に破れ、廃城となった。
現在、常福寺の境内になっている所が、瓜連城の本丸跡とされている。土塁と塀は比較的よく保存され、北東面は急な崖となっておりその下の水田面との標高差は約20メートルである。土塁は二段に構築され所々に一種の小さな出丸(武者溜)のような平坦なところがある。
また、区域内には数多くの土塁の残存遺構がみられ、これらを外郭と考えると、東西南北それぞれ700メートルほどになり、大規模な城郭であったことが想像される。

 

那珂市教育委員会

看板より

 

 

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