息栖神社 芭蕉,句碑 茨城百景・茨城観光百選・茨城の湧水 イバラキノート

息栖神社 芭蕉句碑

 

息栖神社 芭蕉句碑

 

看板より

芭蕉句碑

 

この里は 気吹戸主(いぶきとぬし)の 風寒し

 

俳聖といわれた松尾芭蕉が、水郷地方を訪れたのは、貞享四年(1687)8月14日で、親友・鹿島根本寺の仏頂和尚の招きで、鹿島の月を眺めるためであった。
この旅で根本寺・鹿島神宮・潮来長勝寺と水郷地方を訪ねまわった彼は、息栖地方にも足をのばしたもののようである。この句碑は、小見川梅庵・乃田笙々といったこの地方の俳人らによって建てられたもので、その年月は不明である。
句の意味するもの
いざなぎの尊が、黄泉の国「よみのくに」(死の国)からもどったとき、筑紫日向の橋の小門「おど」で、身体を洗い、きたないものと汚れたもの(罪や穢れ)を、すっかりそそぎ落し、浄め流した。その流れの中から生まれたのが気吹戸主(息栖神社祭神)で、清浄化・生々発展・蘇生回復の神である。
このいわれにあやかって、この神域に身をひたしていると、身も心も洗い浄められて、何の迷いも曇りも、わだかまりもなくなり、体の中を風が吹き抜けるほど透き通って、寒くなるくらいである。といった、息栖神域の醸し出す風趣・威懐といったものを詠みあげたものであろう。
昭和61年3月 神栖町教育委員会

 

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