比観亭跡碑 ひたちなか市 茨城百景・茨城観光百選・茨城の湧水 イバラキノート

比観亭跡碑

 

比観亭跡碑

 

比観亭跡
那珂湊市指定史跡
昭和43年1月16日指定
那珂湊市磯崎町4607−2
(注、現在 ひたちなか市)

 

寛政2(1790)年11月20日、水戸藩第六代藩主徳川治保(文公)は、酒列磯前神社主磯前山城の屋敷を訪れた際、山城の屋敷の東方の見晴らしの良い小高い場所にお登りになり、ここから見た大海原と白砂青松の海辺の景色にとても感動した。そこで治保公はこの地に日除けをお建てになることを思い立ち、自ら小づかを抜き、9尺4方に土地を置き目になった
寛政3(1791)年、日除けのあづまやが建てられ、「比観亭」と名付けられた。比観亭に掲げられていた扁額は、彰考館総裁立原翠軒が筆を取り、これを桜の板に彫刻したものである。
治保公はさらに長久保赤水に比観亭の「記」を作るように命じたが、赤水は「記」と「碑」を聞き間違えて「碑文」を作ってしまったと伝えられている。
現在、扁額は酒列磯前神社に保管されている。

案内板より

 

 

比観亭跡から見た阿字ヶ浦海岸 ひたちなか市へ戻る