酒列磯前神社 本殿 ひたちなか市 茨城百景・茨城観光百選・茨城の湧水 イバラキノート

酒列磯前神社 本殿

 

酒列磯前神社 本殿

 

御祭神は 少彦名命(恵比寿さま) 大名持命(大国さま)

 

酒列磯前神社 御由緒記

 

主祭神 少彦名命(恵比寿さま)
配祀神 大名持命(大国さま)

 

少彦名命は高皇産霊神(たかみむすびのかみ)の御子神にして高天原より天降り山野にして医薬の術、酒造の術の祖神また海上安全大漁万足の海の神なり。
大名持命は大国主命とも称し五穀豊穣、商売繁昌の神にしてまた縁むすびの神なり。御二柱の神は共に力を合わせ国土開拓民生の安定を築き「神人和楽」福を授くる神にして古より広く庶民に親しまれ敬愛された。
抑、御祭神は古事記・日本書紀にも記録明らかにして、平安朝初期(約1100年前)「文徳天皇菩薩明神」の尊号、延喜の制には「明神大社」に列せらる。
天平文化を誇る奈良の平常宮との交流も盛んなりし事等、史実に顕著にして著名なるお社として全国的な尊崇をあつめり。
更に菅原道真公、本居宣長、平田篤胤等の国学者が学問の神として崇敬せり。
本神社の創祀の地は現在地の西方海に望みし台地に鎮座されており、建久2年(約900年前)源頼朝は神馬丗三頭神領地進社殿修繕を行へり。応永廿九年(約600年前)水戸城主初代江戸道房より次いで弘治元年(約430年前)忠道本殿其の他改造せり。
天正8年(約405年前)六代重道に至る数百年間江戸氏が修繕に当れリ。
元和2年(約370年前)守護佐竹貞義神田寄進社殿修理せり。元禄15年(約300年前)水戸藩主二代徳川光圀公の遺志を継承せる三代綱條公旧社
地より現在地にさだめ境内の整備社殿大修築をなし、御遷宮奉安の儀を行へり。
現社殿の建築は元禄時の彫刻と軒廻り部分を再使用、昭和九年国費により改築せるものなり、この時畏くも天皇陛下より金一封御下賜あらせられたり。明治18年より終戦まで毎年三回の大祭に皇室国家より幣帛料が供進されたり、洋上より登る朝日に映ゆる神域約二万坪参道本殿背後に生殖せる暖帯林は誠に人心を厳粛の極みに至らしめ自然林に指定されたり、東南方磯づたいに展開せる白亜紀の岩石郡は古より神聖視され清浄石とよばれておれり。
北方遠く連なる海辺は白砂青松にして絶景なり「東洋のナポリ」と称するに値せり。
万葉時代より昭和初期まで旧制48ヶ村の各鎮守の神輿がそれぐの氏子により「ヤンサコラサ」の掛声も勇ましく当神社に神幸され祭典と同時に渚2里8丁を疾駆せる勇壮厳粛なる競馬の伝統御神事は往時を偲ぶものあり。
恰も本年は当神社が「国幣中社」に列格せし満百年の意義深き年なり。来る21世紀国際化時代へ飛躍の秋、近隣一帯が北関東地域発展の重要な拠点となる流通港、常陸海辺公園等々「海と緑と人間との」調和した雄大にして豊かな活力のある海洋文化都市建設構想を目指す輝かしき曙光は、御祭神は国土開拓殖産の御神徳灼かなる具現哉と一入感慨深きもの也

案内板より

 

 

比観亭跡から見た阿字ヶ浦海岸 ひたちなか市へ戻る